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台湾孤立化「世界の流れ」=蒋介石、部下に吐露―日台断交50年



【台北時事】日中国交正常化50年を迎える29日は、日本が一方的に中華民国(台湾)と断交してから50年でもある。当時の台湾政府は「背信行為だ」と日本を強く非難した。ただ、蒋介石総統は断交前年の1971年に国連を脱退する前から「中国共産党政権を受け入れ、われわれを追い出すのは世界の流れだ」と吐露。国際的な孤立化を覚悟していた蒋総統は日台断交を予見していた可能性がある。当時の部下が明らかにした。

◇国連演説案を却下

元国民党幹部の陳鵬仁氏(91)は、69年に台北で行われた党の全国大会で蒋総統と交わした会話を、今もはっきりと覚えている。38歳だった陳氏は、蒋総統が国連に自ら赴いて国連の中国代表権問題について演説するよう進言した。

「ルーズベルト(米)、チャーチル(英)、スターリン(旧ソ連)が亡くなり、残る世界四大領袖(りょうしゅう)は蒋総統一人だ。国連で演説すれば、われわれの議席は保てるのではないか」。陳氏がこう訴えると、蒋総統は「いい提案だ」と評価しつつ「3年、4年は持つかもしれないが、必ず追い出される。時代の流れは変えられない」と率直に語り、却下した。

蒋総統は72年半ばから病床に伏せ、同9月の日台断交時には意識がはっきりしない状態だった。当時、陳氏はニューヨークにいた。断交の報道をテレビで見たとき、「日本にとっては正解だ。小さな台湾とつき合ってもメリットがない」と驚かなかったという。

◇排除の始まり

台湾各紙は日中国交正常化の翌朝の紙面で、一斉に日本の田中角栄政権を批判した。日本研究で旭日中綬章を受章した李永熾・元台湾大教授(82)は、当時の台湾での田中氏バッシングを「大変なものだった」と振り返る。

李氏は台湾が国連を脱退した時点で、国際社会に居場所が無くなったと感じていた。カナダやイタリアなど、「断交ドミノ」もすでに広がっていた。それでも「日本がこんなにすぐに台湾と断交するなんて」と衝撃を受けた。今後自分たちはどうなるのか、大きな不安が台湾社会を覆うのを感じた。

現在、台湾と正式な外交関係を持つ国はわずか14カ国。世界保健機関(WHO)へのオブザーバー参加も認められない状況が続く。

一方、米中対立の激化を背景に台湾有事への関心が急速に高まり、国際社会での台湾の存在感は高まっているように見える。50年余り続く国際舞台からの台湾排除の流れは、潮目が変わりつつあるのだろうか。日中台関係を専門とする麗澤大の清水麗教授は「台湾がこの機に各国との関係を実務的に向上させ、それを常態化できるかどうかだ」と指摘した。



◇陳鵬仁氏略歴

陳鵬仁氏

1930年12月、台湾南部・台南市(旧台南州)生まれ。明治大、東京大、米シートン・ホール大、米コロンビア大に留学。74年対日交流窓口機関の亜東関係協会東京事務所職員、96年国民党中央委員会党史委員会主任委員。96年東京大国際関係学博士号取得。日本留学時代に早稲田大生だった故・小渕恵三元首相と親交を深めた。

◇李永熾氏略歴

李永熾氏

1939年11月、台湾中部・台中市(旧台中州)生まれ。66年台湾大修士修了、67年東京大大学院留学、71年台湾大歴史学部副教授、75年台湾大歴史学部教授。2005~06年民進党・陳水扁政権の政策顧問。22年、旭日中綬章を受勲。

【時事通信社】 〔写真説明〕中国で演説する中華民国(台湾)の蒋介石元総統=撮影日不明、国民党が2009年9月に提供(AFP時事) 〔写真説明〕インタビューに答える台湾の元国民党幹部・陳鵬仁氏=14日、台北市 〔写真説明〕インタビューに答える李永熾・元台湾大教授=14日、台北市

2022年09月27日 16時24分


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