現役時代の長嶋茂雄さんは、グラウンドを自分の庭のように駆け回っては名場面を演じたが、「珍プレー」も多かった。
◇あの1本が…
新人時代の1958年9月19日、広島戦。五回に本塁打を放ったが、一塁ベースを踏み忘れた。一塁手のアピールを受けた塁審が、ルールに従ってアウトを宣告。本塁打は取り消された(記録上は投ゴロ)。
長嶋はバツが悪そうに「踏んだつもりだが、全力疾走していたのではっきり分からない」と話した。踏んでいれば「3割、30本塁打、30盗塁」を達成していたはずで、のちに「あの1本が…」と残念がった。当時の審判によると、相手チームがアピールしなかったため見逃されたが、長嶋はベースの踏み忘れが多かったという。
前代未聞の「三角ベース」事件も有名だ。60年6月25日の広島戦。一塁走者だった長嶋は、ヒットエンドランのサインを見て二塁へスタートした。打者国松彰の打球は左飛となり、二塁を回っていた長嶋は慌てて一塁へ戻ろうとしたが、二塁ベースを踏み直さずに一塁へ一直線に戻ったため、ルールによってアウトとなった。
別の試合では、1死一、二塁で一塁走者長嶋がアウトカウントを2死と勘違いし、次打者の飛球で勢い良くスタートして二塁走者を追い抜き、アウトになったことも。
敬遠四球を嫌い、バットを持たずに打席に立ち、勝負を避ける相手投手に抗議の姿勢を示す行動にも出た。「敬遠はプロとして恥ずかしいことだと僕は考えていた」。敬遠のボールに飛びつき、強引に安打を放ってファンの拍手喝采を浴びたこともあった。(敬称略)。
【時事通信社】
〔写真説明〕大洋戦で一塁に出塁した巨人の長嶋茂雄=1974年9月、川崎球場
2025年06月11日 13時36分