一般社団法人 日本電子機器補修協会

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古典落語と新作落語

古典落語と新作落語の違いと歴史

≪古典落語≫
江戸期から明治期ごろまでに原型が成立し、太平洋戦争終結頃までの時期に演出が確立した演目を「古典落語」という場合もありますが、諸説あり「江戸時代から昭和まで誰かが作った作品の事を指す場合もあります。

≪新作落語≫
「新作落語」は作者もしくは初演者以外の噺家が演じることは少なく、多くは現代的な事象を扱い、また、社会の動向に機敏に反応した時事的な作品や風刺性の強い作品も多く、また戦後から現代まで今も作られている噺を指す場合もあります。

実は曖昧なその違い

ごく大まかには、不特定多数の演じ手が現代にいたるまで連綿と受け継いできた、主として作者不詳のいわば「スタンダード作品」としての落語のことを「古典落語」と言い、特定の演者または作家がつくる「同時代限定」で演じられるのが「新作落語」であるとも言われています。

しかし、明治時代の三遊亭圓朝(初代)が創作した、『文七元結』『芝浜』『鰍沢』『死神』『真景累ヶ淵』『牡丹灯籠』『怪談乳房榎』『双蝶々』などの有名な作品群は、作者が明確にわかっていても「不特定多数の演じ手が受け継いできた」という点では古典的であり、今日ではむしろ最も正統的な古典落語として位置づけられることが多いです。

しかし当時にあっては圓朝も、今日でいう「新作落語家」でした。

漫画『のらくろ』で知られる田河水泡作の『猫と金魚』も昭和の新作落語であるが、多くの演者に共有されているところから、「古典落語」と見なされることが多いです。

上方では、4代目桂米團治作の『代書』が太平洋戦争勃発直前に創作されたものである。
一方、戦後に創作された純然たる新作落語であっても、設定が江戸時代で、古典に即した話題と様式を踏襲している作品もあります。

以上のように、「古典」「新作」の線引きは必ずしも明確ではなく曖昧なものが多く、3代目桂米朝が創作した『一文笛』などは、多くの演者によって演じられており、両者の境界線上にある作品も決して少なくないのが現状です。

そもそも、「古典落語」という言葉は、昭和30年代から40年代にかけての「ホール落語」の定着とともに普及したのであり、それ以前には存在しなかった言葉なのです。

それと同時に、古典落語こそが正義であり新作落語は邪道だという偏見も広まってしまいました。

このような偏見を打破した革命児が三遊亭圓丈でした。

彼は春風亭昇太・三遊亭白鳥・柳家喬太郎・林家彦いち等に影響をあたえ、落語の衰退を嘆いた立川談志門下からは、新作も古典も演じ、古典も現代的視点から語る立川志の輔や古典落語にコントの手法を導入し映画(洋画)の落語化を多数手がける立川志らく、「改作落語」で知られる立川談笑らが登場し、上方では6代 桂文枝が三枝時代から「創作落語」の名で自作の新作落語を多数口演し、聴衆を沸かせました。

こうした事柄があった事から、「古典」「新作」の厳しい区別や両者の不毛な対立、あるいは双方に対する先入観・偏見はしだいに過去のものになりつつあるのです。