一般社団法人 日本電子機器補修協会

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落語の有名な噺 寝床

≪寝床のあらすじ≫

ある大店の旦那は趣味で義太夫にはまっていました。
義太夫というのは、浄瑠璃を三味線の伴奏にのって節をつけて語る江戸時代に流行った芸事です。

その大店の旦那は、趣味で義太夫を定期的に披露するのが楽しみの1つでした。
当時、大きな商いをしていた大店では長屋を持っているのは珍しくもありませんでした。

その旦那は自分の長屋で住民達を集めて義太夫を披露して満足していました。

しかも、披露する際には旦那は立派な料理も用意しお酒も振る舞っていたので、長屋の住人も楽しみにしていると旦那は信じて疑わなかったのです。

ですが、実際は違いました。

旦那の義太夫はかなり酷く、じっと聞いていないといけないのは長屋の人達にとって苦痛でしかなかったのです。

店の使用人達も義太夫を披露する日は何だかんだと理由をつけて逃げようとし、長屋の住人達も仮病などをつかって逃げようとしました。

その態度に怒った旦那は長屋から追い出そうとします。

義太夫さえなければ、家賃も持ってくれるし普段はとても良い旦那です。
ですが、旦那の義太夫を聞いて「義太熱」を出した人もいるとのこと…気をつけようと話合います。

長屋の人達は、そんな旦那に長屋を追い出されると大変困るので皆で集まって義太夫を聞くことにしました。

旦那の義太夫を形だけ褒めながらですが、あまりにも退屈すぎて皆寝入ってしまうのですが、丁稚の定吉だけが泣いていました。

旦那はどの部分に感動したのかを定吉に聞くと

「あそこでございます」

と指をさします
指をさした場所は、たった今旦那が義太夫をしていた場所でした。

「あそこはあたしの寝床でございます」


≪寝床の解説≫

噺の中で旦那が上演していた浄瑠璃は義太夫節だったと思われます。
三味線に合わせる事が出来ず、ただがむしゃらに唸るだけなので、その声をまともに聞くと声の固まりが体にぶつかり「義太熱」になると言う恐ろしいものでした。


義太夫とは、浄瑠璃の語り手によって節の語りまわしが違った事から、演奏者の名前を付けて「○○節」という名前で呼ばれていました。

代表的なものは、関西で発展した「義太夫節」、江戸で発展した「清元節」「新内節」があります。

≪義太夫節≫

低音の力強い太棹三味線を大きめの撥で演奏し、歌う要素を極端になくして「語り」における叙事性と重圧さを極限まで追求しています。

≪ 新内節≫
豊後節から分かれた新内節は常盤津節と兄弟分にあたります。

初期では歌舞伎でも用いられていませんでしたが、後に江戸の遊郭を中心に座敷浄瑠璃として流行しました。

新内節は、中棹三味線の中でも太めのものを用い、筝(こと)の義爪やごく小さい撥で細かく弾きます。「明烏夢泡雪」はその代表曲になっています。

語りの性格が歌の要素によって弱められ、やわらかさと江戸古浄瑠璃の豪壮さを取り混ぜた独特の風情を持っていて江戸らしい気風の良さを感じる事ができます。

≪清元節≫
常盤津節から派生した節で、艶麗な芸風を強めた芸風になっています。
高温で、一音一音を伸ばし細かく節に変化をつけ、派手な粋と曲節と甲高い声を裏声で聞かせるのが清元節の特徴です。

常磐津のものよりやや細めの中棹三味線を用います。