
日本製鉄によるUSスチール買収から1年、米東部ペンシルベニア州では衰退著しかった「鉄の町」の立て直しに期待が募っている。巨額投資による同社最古の工場再生や雇用拡大など、地域経済への恩恵は大きい。住民らは前向きに捉える一方、買収完了から1年を経てもなお効果を実感できずにいる。
◇操業継続
「設備投資にとても期待している」。ペンシルベニア州ピッツバーグの郊外にあるモンバレー製鉄所エドガー・トムソン工場で約30年勤めてきたトッド・マッキニー氏は、日鉄の巨額投資を歓迎する。
同工場は、鉄鋼王として知られるアンドリュー・カーネギーが1875年に設立した全米最古の現役製鉄所の一つだ。煙突からは勢いよく煙が上がり、時折響き渡るごう音。敷地内では黒ずんだ作業車が行き交う。日鉄による投資に高揚感が漂っていた。
USスチールは、中国などに競争力をそがれ、業績が低迷。従業員数はピーク時の30万人超から約2万人まで減った。日鉄による投資がなければ、同工場の操業継続は困難とみられていた。
日鉄は昨年、総額140億ドル(約2兆2400億円)の投資を約束。2028年までに大半を実施する計画だ。
さらに、買収1年の節目直前の今月には、モンバレー製鉄所に3年間で従来の2倍となる最大25億ドル(約4000億円)を投資する方針を打ち出した。エドガー・トムソン工場では稼働から約90年が経過した老朽化施設を刷新し、6000人以上の雇用や最大17億ドル(約2700億円)の経済効果を見込んでいる。
◇残る不安
一方、鉄鋼業の衰退とともに鉄の町から人は去り、工場付近の住宅地には、窓が割れ、家財が放置された空き家も散見された。
かつては夜勤明けの工場労働者にも店を開け、にぎわいを見せていたパブは閑散としていた。店主のマリー・リンさんは「以前は地域に大きな貢献をしてくれたけれど」と口ごもる。他の飲食店も、まだ見ぬ投資効果に期待しつつ、苦しい状況を乗り切る構えだという。USスチールが「日本企業に乗っ取られ、米国の企業ではなくなった」と反発する男性客もいた。
工場があるブラドックの地区長を務めるデリア・レノンウィンステッド氏は「長い目で見ればとても良い合意だが、不安の声があるのも事実だ」と認める。地域のために「早く投資を実行してほしい」と訴えた。
◇孫の代まで
トランプ米大統領は24年の大統領選で、激戦州となったこの地で支持を広げるため、当初は買収に反対していた。だが、就任後は方針を転換。日鉄による巨額投資を製造業復活の象徴と位置付け、高関税で産業を守る姿勢を鮮明にした。25年の米粗鋼生産量は26年ぶりに日本を上回り、世界3位に浮上。11月の中間選挙を視野に「USスチールを救った」と誇示を続ける。
ただ、巨額投資の実感は広がっておらず、トランプ政権の支持につながっているかは不透明だ。地元の与党共和党下院議員候補、ジェームス・ヘイズ氏は「中間選挙に有利に働くかは分からない」と話す。
それでも、マッキニー氏は「150年も続いたこの場所が、子どもや孫の世代までさらに続いてほしい」と語る。地域や雇用を支えてきた最古の工場と鉄の町の再生を願っている。
〔写真説明〕USスチールのエドガー・トムソン工場=15日、米ペンシルベニア州ブラドック
〔写真説明〕USスチール最古の工場付近で、立ち入り禁止となっている公園=15日、米ペンシルベニア州ブラドック
〔写真説明〕かつてはUSスチールの工場労働者でにぎわっていたパブの店主マリー・リンさん=15日、米ペンシルベニア州ブラドック
2026年06月18日 07時06分