
軽油販売を巡る価格カルテル事件の初公判では、「業界では常識となり感覚がまひしていた」などとする各社の営業担当者らの調書が読み上げられ、カルテルが業界で慣例となっていた実態が明らかになった。
検察側の冒頭陳述によると、国内の軽油の品質は各社ほぼ同等のため、業界内では「自由に競争すれば、コスト度外視で安値販売する業者が現れる」との共通認識があった。特に首都圏で交渉力の強い顧客が多く、他地域に比べて販売価格が低くなる傾向にあったという。
そうした中、各社の担当者らが集まる「F会」や「中央会」が価格調整の温床となった。調書で幹部らは「共存共栄」「安売り競争しない安心感」などと開催意義を供述。25年前から会合に参加していたと述べた担当者もいた。
複数の担当者が「おおっぴらにしてはいけない会であることは理解していた」と違法性を認識しつつも、「他社と足並みをそろえるため」「利益確保のため」などとし、会合を継続していた。
ある担当者は「罪悪感はあったが、交渉力の強い顧客に立ち向かうためには仕方ないと思っていた」と説明していた。
〔写真説明〕軽油カルテル事件で、ENEOSウイング東京支店の家宅捜索に入る東京地検の係官ら=3月5日、東京都港区
2026年09月04日 07時44分