羽田空港(東京都大田区)で日本航空と海上保安庁の航空機が衝突炎上した事故から2日で1年。運輸安全委員会は昨年末に公表した中間報告書で、滑走路への進入許可を得たと認識した海保機と、進入を見ていなかった管制官、衝突直前まで海保機に気付かなかった日航機の三者の対応が重なり合って事故が起きたとの見解を示した。安全委はさらに分析を進め、再発防止策を盛り込んだ最終報告をまとめる方針だ。
「問題なしね」「問題なしです」。安全委が公表した海保機のボイスレコーダーには、管制官の指示を受けた後、機長と副操縦士が言葉を交わす音声が残っていた。
管制官はこの時、C5誘導路の停止位置までの走行を指示したが、機長は「滑走路に進入し待機するよう指示された」と認識。前方に他の航空機がいたにもかかわらず、「ナンバーワン」と伝えられ「震災支援物資輸送と伝えていたので、離陸順位を優先してくれた」と思ったという。
海保機に指示を出した管制官は、海保機が指示通りC5誘導路へ曲がったことを目視した後、別の管制官の問い合わせを受けるなどし、事故時は滑走路に進入する日航機を監視。モニターで海保機の滑走路進入が注意喚起されていたが、気付いていなかった。
日航機が滑走路に進入したのは日没後で、月も出ていなかった。滑走路上で停止した海保機の灯火は、滑走路に埋め込まれた灯火と同じ白色だった。日航機は海保機に衝突後、乗り上げて通過。約1.4キロ滑走して停止した。
元日航機長で航空評論家の杉江弘さんは「海保機の中で、(リーダーの指示に従う)『権威勾配』と呼ばれる関係があったのではないか。日航機から本当に海保機が見えなかったかどうかも検証実験すべきだ」と指摘する。
中間報告は、事故から1年以内に調査を終えることが困難な場合、公表するよう定められている。安全委は今回、158ページと異例の長さの報告書を出した。航空部会長代理の島村淳委員は「航空関係者にとって大変有効な情報。自分の航空活動に当てはめて、改善すべきことは改善してほしい」と意図を語った。
【時事通信社】
〔写真説明〕滑走路上で炎上する日本航空機=2024年1月2日、東京・羽田空港
2025年01月02日 19時03分