両陛下供花「平和につなげて」=戦時中、オランダ人捕虜と交流―長崎で被爆した99歳築城さん



オランダ訪問中の天皇、皇后両陛下は17日、アムステルダム王宮前のダム広場で戦没者記念碑に供花し、第2次大戦の戦没者を慰霊される。18歳の時に長崎で被爆した築城昭平さん(99)は第2次大戦のさなか、旧日本軍に抑留されたオランダ人と交流した経験を持つ。2000年の上皇ご夫妻に続く同碑への供花を「平和につなげるため、ぜひしてもらいたい」と期待する。

築城さんは長崎師範学校1年だった1944年夏、香焼村(現長崎市香焼町)の造船所で、学徒動員で働いていた。ある日の休憩中、同じ造船所で働く外国人の集団と偶然鉢合わせた。当時外国人との接触は禁じられていたが、「習ったばかりの英語で話してみたい」との思いで、「奥さんはいるのか」と尋ねると、1人の男性が喜んだ様子で妻の写真を見せてくれた。

それ以降、男性から話し掛けられるようになり、男性がオランダ人で、同国領東インド(現インドネシア)で旧日本軍の捕虜だったことを知った。築城さんは「今思うと失礼なことばかり聞いた。本当に普通の人だった」と振り返った。

45年8月9日、爆心地から約1.8キロの学校の寮で被爆。全身が血で真っ赤になった友人と外に逃げ、長与国民学校(現長与町)の救護所に向かった。「地獄だった」(築城さん)という道中では、やけどで目や鼻が原型をとどめていない人たちを見た。たどり着いた救護所で治療を受け、自分の左腕のひどいやけどに気付いた。

戦後は中学校教員として数学を教えながら、被爆体験の「語り部」として活動。これまで計1200回超の講話を行い、90歳から学び直した英語を使ってオランダ人抑留経験者など訪日外国人にも思いを伝えた。戦後50年の95年には長崎を訪れた上皇ご夫妻と面会。自身の体験を伝えると、「頑張って話をしていってください」と声を掛けられたといい、「丁寧な言葉だったのをよく覚えている」と懐かしんだ。

【時事通信社】 〔写真説明〕長崎で被爆した際に負ったやけどの痕を指で示す築城昭平さん(99)=11日、長崎市

2026年06月17日 07時02分


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