衰えなかった創作意欲=富良野の大地を題材に―倉本聰さん死去



フリーの脚本家として50年以上、数多くの作品を生み出してきた倉本聰さん。2010年の旭日小綬章受章時の会見では「書きたい、作りたいという気持ちは前より出てきた気がする」と語るなど、仕事に精力的に取り組んできた。

創作活動の拠点は、1977年に移住した北海道富良野市。雄大で自然豊かなこの地を舞台とした「北の国から」シリーズは、東京から移住してきた黒板五郎(田中邦衛)一家と周囲の人間模様を丁寧に描いた脚本がお茶の間の共感を呼び、「国民的ドラマ」の評価を得た。

同シリーズは、スタッフの高齢化を背景に02年で終了したが、当時の取材に「一生書き続けようと思っていたし、書き尽くしてもいない」と無念さも明かしていた。

その後も、富良野を題材にした脚本を次々と発表する一方で、「富良野塾」を開くなど後進の指導に尽力した。「知恵でもって、前例がないものを生み出すのがわれわれの仕事。筋の運びが面白くても、『へそ』がないと品が出ない」と、創作の極意を伝え続けた。

シナリオ作りの傍ら、長年取り組んできたのが点描画の制作。「絵は本当にへたくそ」と吐露していたが、無数の点から浮かび上がった風景にはぬくもりやパワーがあふれていた。

自身のことを「仕事人間」と評していた倉本さん。80歳を過ぎた頃から「終活」を着々と進めていたが、「何かの役に立っていることが生きがい。誰かのために書きたい」と、最後まで創作意欲が衰えることはなかった。

〔写真説明〕JR根室線の布部駅で行われたセレモニーで話す倉本聰さん=2024年3月31日、北海道富良野市 〔写真説明〕日本郵政公社(当時)北海道支社から発売された「北の国から」の絵はがき=2003年

2026年09月28日 16時29分


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