
社会人ラグビーの三洋電機(現リーグワン埼玉)で監督を務め、日本代表も率いた宮地克実(みやじ・かつみ)さんが25日、死去した。85歳だった。埼玉が27日に発表した。葬儀は30日午後0時半から群馬県邑楽町篠塚3152のセレモニーホール紫苑で。喪主は長男克徳(かつのり)さん。
大阪府出身。同志社大でプロップとして活躍し、東京三洋(後の三洋電機)に入社。引退後は日本代表監督を3度務め、1987年の第1回ワールドカップ(W杯)で指揮を執った。三洋電機を全国有数の強豪に育てたが、全国社会人大会の決勝ではたびたび、苦杯をなめたことから「悲劇の名将」と呼ばれた。
88年度から日本選手権7連覇を遂げた神戸製鋼とはライバル関係にあり、特に90年度の全国社会人大会決勝で試合終了間際に逆転トライを喫し、敗れた試合は名勝負として知られる。
【時事通信社】
〔写真説明〕宮地克実さん
2026年04月28日 14時20分