
サッカーのワールドカップ(W杯)北中米3カ国大会で、日本が1次リーグ初戦で対戦するオランダは、3度の準優勝を誇る強豪だ。1970年代に世界を席巻した革新的な戦術は現代にも通じ、名選手も多く輩出。識者を交え、源流を探る。
◇個の集まりがチーム
半世紀以上前、名門アヤックスの名将ミケルスが、「トータルフットボール」という新しい戦術を提唱した。選手がポジションごとに固定されていた時代に、流動的に動きながら全員で攻め、全員で守る。代表でも名手クライフを中心に実践。74、78年のW杯で2大会連続の準優勝など旋風を巻き起こした。
今では主流の考え方だが、当時の衝撃は大きかった。各所に広まり、世界のサッカーは一変。クライフは監督としてスペインの強豪バルセロナで現在の礎を築いた。発祥のオランダにも息づき、選手と指導者の両方で同国のクラブに在籍した元日本代表の藤田俊哉さんは「時代ごとの変化はあっても、概念は変わっていない」と言い切る。
興味深いのは、組織を構築する手法にある。「かっちりつくるのではなく、際立った個の集まりがチームになるという発想」と藤田さん。各選手が担う役割やエリアが大きい分、個々の能力は必須。それが高い育成力にもつながっている。
陣形は4―3―3が伝統。個々の連動性が高く、藤田さんは「主導権を握るべく、ボールをキープする思想が強い。幅と深みも大事にしている」と説く。クーマン監督率いる現体制でも採用され、両サイドを広く使い、縦のスペースも積極的に活用。中盤のデヨングを起点に、左のハクポが絡むと迫力が増す。
今回はサイドの攻防がカギとみる。日本も高い組織力に、世界で戦える個の力が上積みされた。「耐えて勝ち点を得る形から、攻めて勝つ段階に入った。自分たちの時代には考えられなかったレベルに到達している」と期待している。
【時事通信社】
〔写真説明〕オランダのサッカーの基礎を築いたミケルス氏(左)とクライフ氏=2002年9月(AFP時事)
〔写真説明〕インタビューに答えるサッカー元日本代表の藤田俊哉さん=5月8日、静岡県磐田市
2026年06月03日 07時05分