大記録生んだ素振り=努力と反骨、ハンディ覆す―張本勲さん死去・評伝



プロ野球史上、「安打製造機」の異名を持つ打者は何人かいたが、最もふさわしい大打者が、9日死去した張本勲さんだった。

3085本もの安打を記録した23年間の現役生活だが、野球人生を振り返ると、つらい思い出ばかりだという。在日韓国人2世。幼い頃、右手に大やけどを負い、思うように指を使えなかった。差別と右手のハンディを克服するために続けた努力と反骨心が、大記録を生む原動力になった。

プロ入り以来、毎夜欠かすことなく、真っ暗な部屋の中でバットを振り続けた。基本中の基本である素振りで体に技術を染み込ませただけではなく、「ほかの誰よりも数多く振り続けてきた」という強い自負が、打撃を支えた。首位打者7度など数々の記録と活躍を続けても、心の中には常に、いつ打てなくなるかと不安がつきまとい、振らずにはいられなかった。

1976年、巨人移籍。少年時代から憧れたユニホームを着て優勝に貢献した。3000安打を花道に巨人で引退、との思いもあったが、トレードでロッテへ。くちびるをかんで移籍した。

3000安打達成は80年5月28日、川崎球場で行われた阪急戦。プロ野球史上屈指の速球投手、山口高志の速球を右翼席上段へ放り込む会心の本塁打で達成。「神様が手を差し伸べてくれた。あまりに出来過ぎ」。それまでの苦労が報われたかのような喜びに浸った。

引退後は野球評論家やテレビのコメンテーターとして、球界に率直な意見を述べ続けた。2009年に米大リーグ・マリナーズのイチローが日米通算3086安打をマークして張本さんの日本記録を抜くと「こんなバッターは今まで見たことがない。私はかなわない」と素直にたたえつつ、本場の投手のレベル低下を嘆き、自らの3085安打が持つ値打ちにもこだわりを見せた。

努力に裏打ちされた、絶対的な自信と誇り。同じ時代に活躍した王貞治、長嶋茂雄、野村克也らとともに、強烈な光を放つ大打者だった。

【時事通信社】 〔写真説明〕阪急戦で通算3000安打を達成したロッテ時代の張本勲さん(右)=1980年5月、川崎球場 〔写真説明〕セ・リーグ優勝を果たし、記者会見で握手する巨人の(左から)王貞治選手、長嶋茂雄監督、張本勲選手、小林繁投手=1977年9月、後楽園球場

2026年09月10日 14時30分


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