
夏季大会として日本で32年ぶりの開催となるアジア大会は、前回の1994年広島大会から大きく姿を変えた。近年は国内で総合大会の注目度低下が指摘される中、「アジア版五輪」は巨大化と多様化を重ね、20回目の節目を迎える。
1951年の第1回ニューデリー大会の参加選手数は500人足らず。その後はアジアの経済発展とともに拡大し、現在は1万人を超える。愛知・名古屋大会の開催費用は、パラ大会と合わせて約3700億円。資材や人件費の高騰で当初の計画から3.5倍以上となり、開催地に重くのしかかる。選手村を建設しないといった苦肉の策や、既存施設の活用で負担軽減を図ったものの、大会組織委員会会長を務める愛知県の大村秀章知事は「取り巻く状況は非常に厳しい」と認める。肥大化の抑制は五輪とも共通する課題だ。
時代とともに、大会の意義も変化した。参加国・地域の競技力が年々高まり、アジアの頂点を争う舞台は五輪での活躍を見据えた場に。五輪で実施されない競技にとっては、普及や新たなファンを獲得する貴重な機会にも位置付けられる。カバディ男子の阿部哲朗は「競技を知ってもらい、次の世代につなげたい」。自国開催の大会が持つ意味はとりわけ大きい。
32年前の広島大会では競技施設やインフラの整備に加え、市民の国際交流が開催地の「レガシー」になった。巨額の費用を投じる愛知・名古屋大会は何を残すのか。日本オリンピック委員会(JOC)の橋本聖子会長は「やって終わったという達成感だけでなく、次に向かって前向きな思いになれる大会にしたい」。規模だけでは測れない価値が問われる。
【時事通信社】
〔写真説明〕広島アジア大会の開会式で日の丸の小旗が振られる中、入場行進する日本選手団=1994年10月2日、広島市
2026年09月16日 07時10分