「行方不明者の存在知って」=一人暮らしの母、今も見つからず―遺族代表の佐藤悦子さん・阪神大震災31年



神戸市主催の阪神大震災追悼式典に、遺族代表として出席した介護士の佐藤悦子さん(62)=兵庫県加古川市。母の正子さん=当時(65)=が行方不明となり、31年たった現在も手掛かりは見つかっていない。「亡くなった人とは別に、行方不明者の存在も知ってほしい」と語る。

1995年1月17日、母の正子さんが神戸市須磨区で一人暮らししていたアパートは、地震による火災で全焼。約2カ月間、警察や自衛隊による捜索が行われたが、母は見つからなかった。悦子さんは「(アパート周辺は)一帯が焼け野原だった。自身の育った神戸がなくなったことに、とにかく絶句した」と振り返る。

その半年後、「区切りをつけて」と親戚に言われたこともあり、アパートの跡地で葬儀を執り行った。しかし、気持ちの整理はつかず、ボランティアにチラシを貼ってもらうなどして情報収集を試みたが、手掛かりは見つかっていない。

母は、おっとりした性格で「いつも私の味方だった」(悦子さん)。震災の2日前、「京都旅行に行ったからお土産を取りにおいで」と電話を受けたのが、最後の会話だった。

震災から1年半後、失踪宣告が受理され法律上の死亡が決まった。ただ、今も実感が湧かず、死を受け入れられずにいる。

震災の記憶の風化が懸念される中、「何十年たっても、報道がなくなっても、当時から思いは変わらない」と悦子さん。「母をずっとずっと捜し続けている」と話した。

〔写真説明〕高校卒業の際に記念撮影する佐藤悦子さん(右)と、母の正子さん=1982年撮影(本人提供) 〔写真説明〕阪神大震災の追悼式で、遺族代表として追悼の言葉を述べる佐藤悦子さん=17日午前、神戸市中央区

2026年01月17日 14時33分


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