グリーンスパン氏死去、100歳=株高に警告「根拠なき熱狂」―元米FRB議長



【ワシントン時事】米国の中央銀行に当たる連邦準備制度理事会(FRB)の議長を1980年代後半から18年半務めたアラン・グリーンスパン氏が22日、自宅で死去した。100歳。米NBCテレビが妻の話として伝えた。死因はパーキンソン病に伴う合併症。巧みな金融政策を通じて低インフレ下で史上最長の米景気拡大を実現し、「マエストロ(名指揮者)」と称賛された。

26年3月、ニューヨーク市生まれ。フォード政権下で大統領経済諮問委員会(CEA)委員長などを務めた後、レーガン大統領の指名で87年8月にFRB議長に就任した。

その2カ月後に起きた米株価暴落「ブラックマンデー(暗黒の月曜日)」に対応して「流動性を供給する準備がある」との声明を発し、株式市場の沈静化に成功した。96年12月にはニューヨーク株式市場の株価上昇に対して「根拠なき熱狂」と警告。2001年9月の同時テロ後には矢継ぎ早に政策金利を引き下げ、ITバブル崩壊で弱まっていた景気の一段の悪化に歯止めをかけた。

FRBは22日、声明を公表し、哀悼の意を表明。グリーンスパン氏の指導力により、「持続的な物価安定期を実現し、経済成長を下支えし、FRBに対する国民の信任を確固たるものにした」とたたえた。

同氏はマクロ、ミクロの経済統計を徹底的に分析して、金融政策を決定。「金融の神様」との異名も取った。一方、講演などでは、市場関係者やメディアの解釈が割れるような表現を意図的に用い、難解さでも知られた。

レーガン、ブッシュ(父)、クリントン、ブッシュ(子)の4政権の下で議長を5期務め、在任期間はFRB史上2番目の長さ。06年1月に退任した。しかし、長年の低金利政策や自ら積極的に支持した金融部門の規制緩和が、住宅バブルの温床となり、08年に本格化した金融危機につながったとの批判も招き、晩年にはマエストロ神話に陰りも見られていた。

【時事通信社】 〔写真説明〕米議会で証言する連邦準備制度理事会(FRB)議長(当時)のアラン・グリーンスパン氏=1990年7月、ワシントン(AFP時事)

2026年06月22日 22時26分


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