旧宮家養子「現実味乏しい」=3歳で皇籍離脱、久邇朝宏さん



旧11宮家の一つの久邇宮家に生まれ、3歳で皇籍離脱した久邇朝宏さん(81)が30日までに取材に応じた。皇族数確保のため旧宮家の男系男子を養子に迎える案について「ひたすら一般人として生きてきた私からすれば現実味に乏しいし、国民の理解が得られるか疑問だ」と述べた。

1944年10月、父・久邇宮朝融王、母・知子女王の三男として生まれた。8人きょうだいの末っ子で、47年10月に皇籍離脱。皇位継承順位は18位だったが、「当時のことは何も覚えていない」と話す。昭和天皇の后・香淳皇后は叔母、上皇さまはいとこに当たる。

学習院初等科時代は西・東・中の3クラスのうち、西組に所属。東組に故三笠宮さまの長女・近衛※子さん(※ウカンムリに心、その下に用)(82)がいた。大学まで学習院に通い、日立製作所で技術者として約40年勤務。「特別扱いはされたくない」との思いから、学生時代も社会人時代も元皇族であることは極力話さなかった。兄邦昭さん(97)は海軍兵学校に進み、著書に「皇族の男子だから、帝王学のようなことが学べるように配慮されていたのであろう」と書いたが、「私は兄と違って普通の教育を受けてきた」と振り返る。

皇室との関わりもあった。香淳皇后から中学入学のお祝いに、ワイヤで操作する「Uコン」のアルミ製模型飛行機をもらった。子どもの頃は1月3日に皇居へ招かれ、和服姿の昭和天皇と十二単(ひとえ)姿の香淳皇后にあいさつ。他の旧宮家の子どもたちと雑煮や「お花びら」と呼ばれたゴボウ入りの餅を食べた。

その後も皇族や旧宮家らの親睦団体「菊栄親睦会」などを通じて交流は続いたが、同会は2014年以降開催されておらず、他の旧宮家とのつながりも薄れた。

皇籍離脱から80年近くたち、「皆それぞれ生きる道を見つけてきた」と語る。子どもは女性2人だが、5人の孫の中には男性もいる。「皇族として生きるには相当な覚悟がいる」と考えており、旧宮家からの養子を「強制があってはならず、本人の意思を尊重する制度にしてほしい」と話す。

6月13日、同窓会組織の学習院初等科桜友会の総会を開催し、天皇、皇后両陛下の長女愛子さまと面会した。「魅力ある女性になられた」と語り、「皇室が続くのなら、女性天皇でもよい」との考えを示した。

【時事通信社】 〔写真説明〕インタビューに答える久邇朝宏さん=6月22日、東京都中央区 〔写真説明〕インタビューに答える久邇朝宏さん=6月22日、東京都中央区

2026年07月01日 07時06分


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