
自民党幹事長や旧国民新党代表を務めた綿貫民輔(わたぬき・たみすけ)元衆院議長が18日、老衰のため、東京都内の医療施設で死去した。99歳だった。富山県出身。葬儀は近親者で済ませた。後日、お別れの会を開く。
1969年の衆院選で自民党から旧富山2区で初当選し、13回連続当選。86年に第3次中曽根内閣で国土庁長官として初入閣した。建設相、自民党幹事長などを歴任し、2000年の衆院選後、第70代衆院議長に選出され、03年まで務めた。
05年には郵政民営化を巡り、小泉純一郎元首相と厳しく対立。党郵政族らでつくる郵政事業懇話会の会長を務め、法案の衆院本会議採決では反対票を投じた。その後の衆院選では自民党公認を得られず、国民新党を結成して初代代表に就き、自民党を除名された。09年衆院選で落選。16年、除名された国会議員としては初めて自民復党が認められた。
室町時代から続くとされる井波八幡宮(富山県南砺市)の神主。「タミさん」の愛称で親しまれ、政界に幅広い人脈を築いた。引退後も全国治水砂防協会会長として影響力を維持した。
【時事通信社】
〔写真説明〕綿貫民輔さん
2026年08月24日 13時01分