キッシンジャー元米国務長官が死去=米中和解、対ソ緊張緩和進める―ノーベル平和賞受賞、100歳



【ワシントン時事】1960年代末から70年代のニクソン、フォード政権時代に米大統領補佐官(国家安全保障担当)、国務長官を相次いで務め、米中和解やベトナム戦争終結に貢献したヘンリー・キッシンジャー氏が29日、東部コネティカット州の自宅で死去した。100歳だった。死因は不明。同氏の関連会社が声明を出した。

キッシンジャー氏は政権から離れた後も、積極的に言論活動を行い、バイデン大統領まで歴代政権の外交政策に大きな影響を及ぼした。ブッシュ元大統領は声明で「米国は外交問題について最も信頼でき、特別な発言者の1人を失った」と弔意を示した。

今年7月に中国・北京の釣魚台迎賓館で習近平国家主席と会談。米中国交正常化に尽力した背景から、中国側の信頼が厚かった。ただ、時に米国の戦略的利益を優先させ「民主主義的な価値を踏みにじった」(ニューヨーク・タイムズ紙)との見方もあり、同氏の手法への評価は分かれている。

23年5月27日、ドイツでユダヤ人の両親の下に生まれた。ナチスの迫害を逃れて38年に一家で米国に移住。54年にハーバード大大学院で欧州外交史を研究して博士号を取得した後、外交専門家としての地位を確立した。

69年1月、ハーバード大教授からニクソン政権(当時)の大統領補佐官に就任。大統領密使として71年7月に中国を極秘訪問し、ニクソン電撃訪中(72年2月)のお膳立てをした。沖縄返還合意の際の有事の核再持ち込みを巡る交渉にも関与した。

中ソ対立を利用して米中和解を図る一方で、ソ連に対しデタント(緊張緩和)政策を進め、第1次戦略兵器制限条約(SALT1)締結でも貢献した。73年9月には国務長官に就任。ベトナム和平協定締結に尽力した功績で同年のノーベル平和賞を受賞した。

故ニクソン氏の娘ジュリー氏らは29日、キッシンジャー氏の対中国・ソ連の外交戦略をたたえて「冷戦終結の端緒を開く大胆なイニシアチブをとった。また、中東への『シャトル外交』によって、中東の緊張緩和に貢献した」などとする声明を発表した。

【時事通信社】 〔写真説明〕キッシンジャー元米国務長官=2020年1月、ベルリン(EPA時事)

2023年11月30日 15時25分


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