戦争の記憶継承「考え続ける」=曽祖父が抑留経験、証言聞き取り―硫黄島訪問の男子高校生・戦後81年



戦後81年がたとうとする中、戦争体験者は減少し、記憶の継承が喫緊の課題となっている。高校3年の小田島誠慈さん(17)=埼玉県坂戸市=は、亡き曽祖父が経験したシベリア抑留の証言を聞き取る活動に取り組み、7月には太平洋戦争の激戦地を訪れた。「少しでも、平和について考えていくことが大切だ」と話している。

曽祖父の福治さんは旧満州(中国東北部)で終戦を迎え、1947年まで2年弱、シベリアに抑留された。小田島さんは福治さんと会ったことはないが、前日まで一緒に話していた人が翌朝に亡くなるなどの過酷な体験をした、と父から聞いて育った。

高校入学前に平和祈念展示資料館(東京都新宿区)を訪れ、曽祖父の手袋が展示されているのを見た。これをきっかけに関心が高まり、高校2年で学校の探究活動のテーマにシベリア抑留を選んだ。抑留経験者らに話を聞いて印象に残った言葉を冊子にまとめ、校内発表の際、同級生や来場者に読んでもらった。

11月ごろの別の校内発表に向け、これまでに聞いた抑留経験者の話を証言集にもまとめている。「戦争体験者の方がさらに減る中で、次世代に平和の大切さを伝える方法を見つけることが大事。証言集をきっかけに、読んだ人が戦争や平和について考えてくれたらうれしい」と力を込める。

昨年度、自身の経験を記した作文が厚生労働省の「戦後80年記憶の継承作文コンクール」で入賞した。ほかの入賞者と共に今年7月、硫黄島(東京都小笠原村)を訪問。日本兵の遺骨の有無を調査する作業員から説明を受け、「一柱でも多く本土に帰してほしい」との思いを強くしたという。

帰国を果たせていない遺骨が残るのは、シベリアも同じだ。硫黄島では1万柱以上、シベリアでは約3万3000柱が未回収で、全体では計約112万柱が残されている。故人を知る人が少なくなる中、「遺骨は記憶の風化と闘っていると思う。記憶を継承するために活動を続けていきたい」と前を見据えた。

〔写真説明〕インタビューに応じる高校生の小田島誠慈さん=7月14日、埼玉県坂戸市 〔写真説明〕太平洋戦争の激戦地、硫黄島を訪れた小田島誠慈さん=7月18日、東京都小笠原村

2026年08月15日 07時04分


関連記事

政治・行政ニュース

社会・経済ニュース

スポーツニュース