
北朝鮮による拉致問題に進展が見えない中、異色の漫画が刊行された。日本人が北朝鮮の工作員となり、日本人を拉致する設定。史実に基づき、被害者を甘言で誘い出したり、地元警察に追い詰められたりする物語をフィクションを交えて描写した。拉致問題の風化を危惧する関係者が関心を広げようと世に出した。
「結末がない拉致問題は漫画にしにくかった」。4月10日、東京都武蔵野市での発刊記念イベントで、漫画家富田安紀子さんが自身の作品「俺Antif@(アンチファ)拉致ゲーの強制イベントから逃げられません。」について語った。400ページ以上を原稿料なしで描き上げたとの紹介には会場から拍手が起きた。
作品は複数の事件を採り上げた。1977年に久米裕さん=失踪当時(52)=が石川県の宇出津海岸で拉致された事件は、不審に思った旅館関係者や警察によって工作員の協力者が捕まり、拉致の供述に至った実際の経緯を基に、創作を交えてスリリングに描いた。家族への危害をほのめかして在日朝鮮人を協力させるなど、北朝鮮側の手口にも踏み込んだ。
「炎上を狙った」と語る富田さん。作品は、現代の日本人男性が過去の北朝鮮工作員に転生する、いわゆる「異世界転生」もので、ゲームとして拉致を遂行する設定にした。「目を引こうと、あえて不謹慎で腹立たしい内容にした」。資料を集め史実に基づいた内容にしたためか、これまでに批判などは寄せられていないという。
富田さんは拉致を「最も凶悪な事件」としつつ、忘れられかけていると危機感を持つ。「読み捨ててかまわない。興味のない人にこそ読んでほしい」と訴える。
SNSで知り合い、富田さんらに協力を求めたのは、拉致された可能性のある行方不明者の支援団体「特定失踪者問題調査会」の荒木和博代表だ。「よく調べていて驚いた。拉致の描写には説得力がある」と評価する。
調査会は視覚に訴えるため、ユーチューブや短編映画での拉致問題の発信に力を入れる。その一環で出版社に働き掛けて2月、ネット公開のみだった漫画の刊行にこぎ着けた。荒木さんは「行き詰まりを突破するため、どんな手段でも使う。漫画が誰かの関心につながるといい」と力を込めた。
【時事通信社】
〔写真説明〕富田安紀子さんが刊行した漫画「俺Antif@拉致ゲーの強制イベントから逃げられません。」の表紙
〔写真説明〕拉致に関する漫画の刊行記念イベントで話す漫画家の富田安紀子さん=4月10日、東京都武蔵野市
2026年06月05日 07時14分