
熊本県阿蘇市の大和忍さん(58)は、熊本地震の本震で大学生だった次男、晃さん=当時(22)=を失った。あれから10年、「当時のことを思わない日はない」といい、今年も本震が起きた16日に合わせ、現場で祈りをささげた。
「光のように手を差し伸べられるような人になってほしい」。そんな思いから名付けられた晃さんは、前震で被災した友人に飲料水を届け、自宅に戻る途中、崩落した旧阿蘇大橋(同県南阿蘇村)付近で車ごと土砂崩れに巻き込まれた。
県などは約2週間、延べ約2500人を投入して捜索したが、晃さんを見つけられないまま2016年5月1日、二次災害の恐れから規模を縮小。割り切れない思いを抱きつつ、忍さんはその後も連日、カメラや双眼鏡を駆使しながら、日暮れまで周辺を捜し続けた。
胸がつぶされそうな不安の中、7月24日、友人や支援者の協力もあって現場近くの谷底で大きな岩の下敷きになった車を発見した。「やっと見つけた」。安堵(あんど)すると同時に涙があふれた。遺体は8月11日に収容された。
自宅にある晃さんの部屋は、今もほぼ手つかずの状態で残っている。部屋にあるものすべてが「私にとっては宝物で、まだ触れない」と忍さん。「ずっと生きていてほしかった。ずっと私のそばにいてほしかった」。納骨できずにいた遺骨は、24年9月に66歳で他界した夫卓也さんの四十九日の法要に合わせ、阿蘇市内の墓に納めた。
今年も本震の発生時刻に旧阿蘇大橋付近の現場を訪れると、谷底を見下ろす道路脇の祭壇に花を供え、線香を上げた。晃さんは「自分の命よりも大切」という忍さん。「10年会えていない。声も聞けない。触れることもできない」と目に涙を浮かべた。
〔写真説明〕旧阿蘇大橋の崩落現場付近で、亡くなった大和晃さんを追悼する母忍さん(右)ら。奥は新阿蘇大橋=16日未明、熊本県南阿蘇村
〔写真説明〕大和晃さんが亡くなった旧阿蘇大橋崩落の現場付近で、涙ながらに取材に応じる母忍さん=16日未明、熊本県南阿蘇村
〔写真説明〕大和忍さんが折った千羽鶴と一緒に飾られている次男晃さんの遺影(中央)。左は2024年9月に亡くなった夫卓也さんの遺影=3月30日、熊本県阿蘇市
〔写真説明〕熊本地震の本震で崩落した旧阿蘇大橋=15日、熊本県南阿蘇村
2026年04月16日 14時39分