
最後まで見応えがあり、近年まれに見る感動的な決勝戦だった。国を背負い、互いの意地と意地がぶつかり合う大一番。それぞれが異なるスタイルでチームとしての一体感を力強く表現していたことが、とても印象に残った。
スペインはボールを保持し、パスをつなぐ自分たちのフットボールを最後まで貫いた。「攻撃は最大の防御」を体現するかのように、あくまでも攻撃を主体にゲームを進め、勝利をつかみ取った。一方のアルゼンチンは、組織力だけでなく個の力でも失点を許さないという強い執念を見せた。39歳のメッシを中心に築き上げてきたチームは、退場者を出して10人となっても、彼がピッチにいるだけで「何かを起こしてくれる」という期待感を抱かせた。
試合後、ピッチには涙を流すメッシの姿があった。「寂しさ」と「やり切った」という思いが入り交じるようなその涙からは、彼がどれほど大きなものを背負って戦ってきたのかが伝わってきた。一方、初舞台で鮮烈な活躍を見せた19歳のヤマルは、早くも世界の頂点に立った。勝者にも敗者にも、それぞれの物語が生まれた素晴らしい決勝戦だった。
決勝戦前のセレモニー、史上初のハーフタイムショー、そしてトランプ大統領の来場など、さまざまな演出が話題となった。しかし、それ以上に価値があったのは、フットボールそのものが世界中へ強いメッセージを届けたことだ。そういう意味でも、この決勝戦はワールドカップの歴史に残る一戦だったと感じている。
日本代表は4年後、このレベルの舞台で勝利をつかむことを目指す。準決勝以降の戦いは、あらためて世界最高峰のレベルを実感させられるものだった。世界との差を感じたのも率直な感想である。しかし一方で、今大会では「日本らしさ」を表現できた部分もあったと自信を持って言える。その積み重ねを続け、スペインやアルゼンチンのように、大舞台で自分たちのスタイルを堂々と表現し、勝ち切れるチームを目指していきたい。(サッカー元日本代表MF
藤田俊哉)
◇藤田俊哉さんの略歴
藤田
俊哉さん(ふじた・としや)静岡・清水商高(現清水桜が丘高)、筑波大を経て、1994年に磐田に入団。ユトレヒト(オランダ)、名古屋などでもプレーした元日本代表MF。2001年にJリーグ最優秀選手に輝き、背番号10として磐田の黄金期を支えた。現役引退後はオランダで指導者も務めた。今年4月から磐田を運営するジュビロ取締役。54歳。静岡市出身。
【時事通信社】
〔写真説明〕サッカー元日本代表の藤田俊哉さん=5月8日、静岡県磐田市
2026年07月22日 07時03分