
極めて異例となる半年間だけの続投。宮本会長は「現時点で最適と思える判断」としたが、険しい道のりを選んだことは否めない。
A代表と五輪世代の監督兼任は成功例がある。2000年シドニー五輪と02年W杯日韓大会で指揮したトルシエ氏、21年東京五輪で4位に導いた森保監督は、若い世代の底上げをその後につなげた。
ただ、両者とも開催国として一方の予選が免除されていた。28年ロサンゼルス五輪はアジアの出場枠が2枠に減り、出場のハードルが高くなった。
協会の方針はぶれた。宮本会長は3月に一度、森保監督にW杯までの指揮とすることを伝えたと明かした。5月に一転して、アジア杯までの続投を打診。外国人監督の招聘(しょうへい)で金銭面などの折り合いがつかず、転換したとみられる。
「初優勝」を掲げながら32強で敗退したW杯後、技術委員会や強化部会で具体的な人事は話し合われず、宮本会長ら数人で決定。ある技術委員は「どこを目標にしているかをはっきりした方がいい。このままだと世界に置いていかれる」と危機感を口にする。
当然だが、大岩氏はA代表で指揮を執る機会を半年間逃す。宮本会長は「大変さは重々認識しているが、それ以上のプラスがある」と説明した。五輪世代からの継続性を、4年後のW杯へつなげられるのか。成果が問われる。
【時事通信社】
〔写真説明〕記者会見する日本サッカー協会の宮本恒靖会長=24日、東京都港区
2026年07月25日 07時01分