上皇ご夫妻、「和解」に尽力=前女王と両国往来「信頼育まれた」―オランダ晩さん会



17日夜、オランダ・アムステルダム王宮で行われたウィレム・アレクサンダー国王夫妻の晩さん会。天皇陛下は英語でのあいさつで「過去に苦難の時期があったことも、決して忘れてはなりません」と戦争に言及し、戦後にベアトリックス前女王と上皇ご夫妻が互いに両国を往来したことを通じ、「両国国民の相互理解と信頼が育まれました」と述べられた。

昭和天皇と香淳皇后が1971年にオランダを非公式訪問した際は、第2次大戦時の捕虜問題を巡って反日感情が根強く、車に液体入りの魔法瓶が投げ付けられるなど抗議行動が起きた。関係改善に大きな役割を果たしたのは上皇ご夫妻だった。平成時代の2000年の訪問に侍従として随行し、後に侍従次長を務めた佐藤正宏さん(85)は「両国関係の大きな転換点となった」と語る。

89年の昭和天皇の大喪の礼を欠席したベアトリックス女王(当時)は91年、同国元首として初めて訪日。国賓として臨んだ宮中晩さん会では、戦争により両国間に「深い溝」が生じたと指摘し、「多数のわが同胞が戦争で命を失いました。帰国できた者にとっても、その経験は、生涯、傷痕として残っています」とスピーチした。

ご夫妻は00年5月23日、女王や元捕虜らが見守る中、首都アムステルダムの広場に建つ戦没者慰霊碑に花輪を供え、長い黙とうをささげた。同国訪問では佐藤さんら側近も緊張を強いられていたが、「それまでの重い空気が変わっていくのを感じた」と証言する。

上皇さまは同日夜の公式晩さん会で「今なお戦争の傷を負い続けている人々のあることに、深い心の痛みを覚えます」と述べた。ご夫妻はこれに先立ち、インドネシアで日本に抑留された軍人や民間人との面会も果たした。

翌24日アムステルダムの身体障害児施設「ミチルスクール」を訪問。眠ってしまい、会いそびれたと思って泣きだした女児を、上皇后さまが優しく抱き上げた。25日にはライデンの運河沿いを散策中、学生寮から身を乗り出していた女子学生らに近寄り、笑顔で言葉を交わした。いずれも「全く予定外の出来事だった」(佐藤さん)という。

佐藤さんは、ご夫妻が「日本に対するわだかまりを何とかして和らげたいというお気持ちだった」と明かし、「真摯(しんし)な思いがオランダ側に伝わり、女王も日本との和解に努力され、わだかまりは消えていった」と振り返った。

【時事通信社】 〔写真説明〕ライデンの運河沿いを散策中、住民の女性らと言葉を交わされる上皇ご夫妻(当時・天皇、皇后両陛下)=2000年5月、オランダ・ライデン 〔写真説明〕晩さん会を前に、記念撮影に臨むベアトリックス前女王=17日午後、アムステルダム(代表撮影) 〔写真説明〕戦没者記念碑に供花し、黙とうされる上皇ご夫妻(当時・天皇、皇后両陛下)=2000年5月、オランダ・アムステルダムのダム広場

2026年06月18日 14時33分


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