旧植民地出身、戦後は補償外=「隙間に落ちた人権問題」―外国籍BC級戦犯の遺族・戦後80年



太平洋戦争中、日本の植民地だった朝鮮や台湾出身の大勢の人が半ば強制的に戦争に駆り出された。「都合の良いときは『日本人』。都合が悪くなると『朝鮮人』」。日本人として従軍しながら戦後は外国人扱いで補償の対象外だったBC級戦犯の遺族らは、「歴史の隙間に落ちた人権問題」として、名誉回復のための謝罪と補償を求めている。

朝鮮半島出身の元BC級戦犯らの救済を求める「同進会」会長の朴來洪さん(69)は、最後の韓国人BC級戦犯だった前会長の遺志を継ぎ、「当事者がいなくなったで済ませられない。多くの人に知ってもらいたい」と訴える。

4年前に96歳で亡くなった前会長の故李鶴来さんは、1925年に日本統治下の朝鮮半島南西部で生まれた。17歳のとき、徴兵されるより軍属方がましだと考え、捕虜監視員に応募。軍で教育を受けた後、タイでビルマ(現ミャンマー)との間を結ぶ泰緬鉄道の敷設作業をする連合国軍捕虜の監視員となった。捕虜とじかに接するという最も恨まれる役目を負った。

終戦後、戦中に病気の捕虜に労働を強いて死亡させたなどとして、死刑判決を受けた。減刑後の52年、サンフランシスコ平和条約発効とともに日本国籍を失ったが、56年まで日本管理下の巣鴨プリズンに収監された。出所後は、韓国人だと差別され、故郷からも「対日協力者」と非難されて苦しんだ。

朝鮮半島出身のBC級戦犯は捕虜虐待などで裁かれて52年までに148人が有罪となり、うち23人が死刑になった。李さんは「自国のためという、よりどころもなく死んでいった」と悔しがっていたという。

日本人は戦犯であっても軍人軍属とその遺族には恩給などの措置があるが、外国人は対象外だ。55年に設立した同進会は、国に補償を求める運動を展開したが、65年以降は日韓請求権協定で解決済みとされた。90年代には国に謝罪と損害賠償を求めて提訴したが、最高裁で敗訴が確定した。

ただ、東京地裁は96年の判決で「わが国の元軍人軍属およびその遺族に対する援護措置に相当するような措置を講じることが望ましい」と指摘。同進会は、立法による解決を目指していった。

2008年には民主党(当時)が特別給付金を支給する法案を提出したが、翌年の衆院解散で廃案に。以降も超党派の日韓議員連盟が法案提出を模索しているが、めどは立っていない。朴さんは「金銭の補償は象徴にすぎない。とにかく日本に謝ってほしいんだ。戦後80年でも正すべき不条理はまだ残っている」と語った。

【時事通信社】 〔写真説明〕「同進会」会長の朴來洪(パク・ネホン)さん(後列右)と前会長の故李鶴来(イ・ハンネ)さん(前列)=2020年2月(朴さん提供) 〔写真説明〕戦後80年を前に記者会見する「同進会」会長の朴來洪(パク・ネホン)さん=7日、東京・永田町の衆院議員会館

2025年08月27日 07時05分


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