均等法40年、残る「意識の壁」=家庭との両立「楽しんで」―都庁、霞が関女性幹部に聞く・国際女性デー



1986年4月の男女雇用機会均等法施行から40年。採用や昇進などで女性差別は禁止されたが、思い込みによる「意識の壁」はなお残る。東京都副知事の松本明子さん(60)と中小企業庁事業環境部長の坂本里和さん(53)は、仕事と子育ての両立に葛藤してきた自身を振り返り、若い世代に「仕事も家庭も楽しんで」と寄り添う。

◇仕事、家族と比べない

松本さんが都庁に入ったのは89年。その3年前、均等法が施行されたが、採用や昇進で男女を均等に扱うことは「努力義務」だった。女性差別の「禁止」が明文化されたのは99年改正からだ。

松本さんは就職活動中、男性との「差」を実感する。当時、就活生は郵送される分厚い就職情報誌の中から志望の企業に資料請求のはがきを出していた。同級生の男子には大量に情報誌が届くが、自分にはさっぱり。「性別によって振り分けられている」と感じた。

管理職選考試験に合格後、34歳で第1子、39歳で第2子を出産した。最初の妊娠は、仕事で大きな失敗をしてしまい、何とか挽回しようと焦っていたときに発覚。涙がこぼれたが、男性上司から「この1年は子どものことだけ考えなさい」と言われ、吹っ切れた。

そして出産。直後に抱いた赤ちゃんは小さくじめっとしていて、いとおしさが込み上げた。松本さんは「仕事は大事だが、あくまで生活の一こま。家族と比較するものではない」と気付く。

一緒に管理職試験に合格した男性の中には子どもの育児を希望する人もいたと聞いたが、男性が育児休業を取れる雰囲気ではなかった。「男性にとってもつらい時代だったのでは」と振り返る。

今、都庁では男性育休は当たり前になった。2025年度は女性の管理職が約18%、管理職試験合格者は約25%まで伸び、国が目指す指導的地位の女性割合目標(30%程度)に近づきつつある。25年末には性別による「無意識の思い込み」解消などを掲げた女性活躍推進条例も成立した。

松本さんは女性活躍の意義について「多様な経験や視点が加わることで組織の力は高まる。これまで男性が多かった分野でも、より幅広い人材が力を発揮できる環境を整えていきたい」と語る。

◇呪縛を解き放て

坂本さんは95年、通商産業省(現経済産業省)に入省。中小企業庁総務課に配属された。当時の霞が関は長時間労働が当たり前で、資料整理やコピー取りに追われ、帰宅は連日深夜に。「帰れないことがつらくて、トイレで一人泣きました」と笑う。

その後、双子を含め4人の女の子を出産。2人目からは両親に近居してもらい「フルサポート」を受けた。

双子の育休明けには課全体の調整役を担う「総括補佐」に。仕事のメールを自宅のパソコンでもチェックできるようになるという「画期的な変化」もあり、早めに帰宅し子どもを寝かしつけた後、深夜まで家で残務をこなしたが、仕事も家事も中途半端な感じで心はモヤモヤ。「いつも時間がなくて。でも、子どもからすれば家事が完璧でなくても気持ちに余裕のあるお母さんが良かったはず。自分で自分を縛っていたのかな」と言う。

子育てや家事を「母親の役割」と見なす社会にも呪縛を感じる。中企庁の部長として、特に地方や中小企業での女性の立場に思いを巡らせる。自身の反省も込め「あまり背負い込まず、できないことは頼って両立を楽しんでほしい」と訴える。

【編集後記】社会の呪縛の例として、坂本さんは娘の中学最初の保護者会で「お弁当作りは母親の愛情の証し」と言われた経験を教えてくれた。松本さんは自身が受けた恩を返すため「若い人をフォローしたい」と話す。頑張る人を追い込まず、そっと手を差し伸べる社会であってほしい。(時事通信内政部記者・※(※卉の下に木)原かおり)。

【時事通信社】 〔写真説明〕インタビューに答える東京都副知事の松本明子さん=1月8日、都庁 〔写真説明〕国際女性デー2026

2026年03月02日 14時31分


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