「今話さんと絶対後悔」=認定時最高齢で証言者に―93歳の被爆者大橋さん・広島



広島市の「被爆体験証言者」として活動する大橋和子さん(93)=広島県廿日市市=は今年4月、認定時では最高齢で証言者に加わった。がんの転移や再発を繰り返し、昨年は4度目の手術を受けたが「今話さんと絶対後悔する」として、胸にしまい続けた体験を語り始めた。「戦争だけは絶対に阻止して」。その思いを次世代へ託す。

大橋さんは広島女子商業学校(現・広島翔洋高)1年だった1945年8月6日、爆心地から約1.5キロの屋外で被爆した。「飛行機よ」という友人の声で空を見た瞬間、「ピカーと光り、ドーンという音とともに辺りが真っ暗になった」。大橋さんは一命を取り留めたが友人は亡くなった。

大橋さんは爆風で約120メートル飛ばされ、大やけどを負った。周りを見渡すと「川には人間の首が隙間なく並んでいた」という。迫り来る炎を背に逃げ惑う中、コンクリートに足を挟まれ助けを求める人の手を振り切った。「それでも日本人か。非国民」。叫び声は今も耳から離れない。

自宅近くまで戻り、水を飲もうと水たまりに近づくと、そこには目や鼻がどこにあるか分からない自分の顔が映った。ショックで意識を失い、目が覚めた時には遺体を積むトラックの上にいた。「このままだったら死ぬ」と思い、必死に手足を動かし助かった。

臨時救護所になっていた「陸軍被服支廠(ししょう)」に運ばれると、そこには首が折れた子どもや、息を引き取った母の乳房にすがって泣く赤ん坊を目にした。「これが戦争か」と実感した。

戦後、広島女子専門学校(現・県立広島大)に入ったが、顔に残るケロイドに対する心ない反応などに傷ついた。「生きとっても仕方がない」と何度も死を考えたが、家族に支えられ卒業した。

「体験を話さなくてはいけない」。長年そう考え、同じ経験をした人々と思いを共有する集まりを開こうとしたが、「原爆の話は聞きたくない」と拒まれ、証言の場を得られなかった。

転機は12年前、81歳の時に自宅がある廿日市市内で開いた高齢者サロンで訪れた。昼食を取りながら交流する場で体験を語ると、参加者は熱心に耳を傾けた。昨年11月、その縁で広島市の被爆体験証言者への登録を勧められた。手術を何度も受けた体だったが、「今ならまだ自分の口で話せる」と決意。市の研修を受け、4月に認定された。生きる目標ができたことが一番うれしかった。

被爆者の高齢化が進み、体験の継承は年々重い課題になっている。大橋さんは「便利な世の中になっても戦争だけは絶対に阻止してほしい」との思いで証言を続けている。

【時事通信社】 〔写真説明〕広島市の「被爆体験証言者」に認定時最高齢で加わり、小学生に証言する大橋和子さん=5月29日、広島市中区

2026年08月06日 14時46分


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