
「原爆の図丸木美術館」(埼玉県東松山市)の正面玄関に長らく飾られてきた木彫りのレリーフが、制作された広島県の廿日市中学校に約50年ぶりに帰還した。同館の改修工事に伴い廃棄される予定だったが、当時制作した卒業生らによる修復を経て、被爆80年の節目に母校への里帰りを果たした。主導した中本敬章さん(67)は「世代を超えて平和への願いをつなぐシンボルになってほしい」と望む。
レリーフは「いのちの叫び」と題し、中央の原爆ドームを挟み、左側に火ぶくれした人など被爆の惨状、右側に花やハトといった平和の象徴が描かれる。1972年に同校の全校生徒344人が1枚ずつ木の板を彫り、つなぎ合わせた縦2.3メートル、横5.5メートルの大作だ。
画家の故丸木位里、俊夫妻の希望で丸木美術館に寄贈。正面玄関上の外壁に掲げられてきたが、屋外で雨風にさらされ劣化が激しく、同館の大規模改修に伴い撤去されることになった。
中本さんは制作当時中学2年で、現在は廃材に新たな価値を加えて家具などに再生するのが本業。「コンセプトは同じ。何とかしたい」と関係者と交渉し、現物をはがして広島に持ち帰り、当時の同級生らに声を掛けて50人ほどで修復に当たった。傷んだ板を1枚ずつ洗って反りを直し、保護オイルを塗って再び1枚の大きな作品としてよみがえらせた。
昨年12月23日に同校で贈呈式が行われ、中本さんは在校生約560人を前にあいさつ。80年前の原爆投下時、小学校教員だった祖父が教え子の親を捜して入市被爆したことなどを語り、「歴史があって今のわれわれがある。自分のこととして考えるきっかけにしてほしい」と訴えた。丸木美術館の岡村幸宣専務理事(51)は「本来なら破棄されてもおかしくなかった壁画が元の中学校に戻ってきたのは本当にすごいこと。皆さんも次の世代につないでほしい」と呼び掛けた。
贈呈式には修復に携わった卒業生のほか、美術教員として当時の制作を指導した吉野誠さん(92)も駆け付けた。吉野さんはレリーフを見上げ、「一人ひとりに平和について考えてほしいという思いがあった。一生懸命やり遂げたことが今の在校生に伝わった」と声を絞り出した。
〔写真説明〕贈呈式に先立ち、修復したレリーフについて説明する中本敬章さん=2025年12月23日、広島県廿日市市
〔写真説明〕木彫りのレリーフ「いのちの叫び」を修復する中本敬章さん=2025年12月15日、広島県廿日市市
〔写真説明〕「原爆の図丸木美術館」の正面玄関に飾られていた当時のレリーフ(上)=2022年9月、埼玉県東松山市(同館提供)
〔写真説明〕贈呈式に駆け付け、修復された木彫りのレリーフを見る当時の美術教員、吉野誠さん=2025年12月23日、広島県廿日市市
2026年01月11日 19時20分