「永遠の平和、永遠の平和」。終戦時に首相を務めた鈴木貫太郎は1948年、意識がもうろうとする中、こう言い残してこの世を去った。「誰かが語り継がねば」。孫の鈴木道子さん(93)は著作や講演などを通じ、祖父が抱いていた平和への思いを伝え続けている。
敗戦が濃厚となっていた45年5月、13歳だった道子さんは首相官邸で祖父から疎開を促された。母の説得を拒む道子さんに、貫太郎は「若い人は安全な所にいなければならない。次の時代を築いてもらわなければいけないからね」と秋田行きを勧めた。道子さんは終戦に対する祖父の思いを感じた。
前月の首相就任直後、夜中に帰宅すると「自分がバドリオになる」と家族に告げたことがあった。バドリオは第2次世界大戦でイタリア首相として連合国と停戦交渉を行い、国内で裏切り者扱いされた。道子さんは「平和や終戦という言葉を漏らせば暗殺される時代。祖父は敗軍の将になって殺される覚悟を家族にだけ伝えた」と推し量る。
終戦は、8月10、14両日の御前会議で昭和天皇の「聖断」により、ポツダム宣言の受諾が決まって実現した。貫太郎は軍部の反対を考慮し、天皇に「聖断」を仰ぐ案を就任当初から温め、終戦工作を慎重に図ったとされる。
戦後は、枢密院議長として日本国憲法の審議に関わった。48年4月、現在の千葉県野田市にあった自宅で戦時中の話をした後、「永遠の平和」と2度唱え、息を引き取った。道子さんは「永遠の平和にたどり着いたという遺言。それがいかに重要か、後世に伝えたいと思い、亡くなった」と受け止めている。
祖父に関する講演は当初、首相秘書官だった父の一さんが担っていた。音楽評論家だった道子さんは93年に父が亡くなると、本や講座などで歴史を学び、活動を引き継いだ。
道子さんは戦後の80年間について「日本が戦争に関わらなかったのは素晴らしい」と強調。一方、ロシアによるウクライナ侵攻など厳しい国際情勢に関しては「『永遠の平和』は全世界を考えてのこと。世界中が平和になってほしい」と願っている。
【時事通信社】
〔写真説明〕インタビューに答える鈴木貫太郎元首相の孫鈴木道子さん=7月7日、東京都文京区
〔写真説明〕首相就任時に組閣本部となった東京都内の鈴木貫太郎宅(鈴木道子さん提供)
〔写真説明〕鈴木貫太郎元首相(左)と写真に納まる孫の鈴木道子さん(中央)。右は妻タカさん(鈴木道子さん提供)
〔写真説明〕インタビューに答える鈴木貫太郎元首相の孫鈴木道子さん=7月7日、東京都文京区
〔写真説明〕晩年を過ごした千葉県内の自宅でくつろぐ鈴木貫太郎元首相(右)と妻タカさん(鈴木道子さん提供)
2025年08月15日 12時39分