
「体を壊した山本太郎のバトンを引き継いだ一人や」。1月31日夜、大阪駅前。声を張り上げて叫んだのは、衆院選の直前に「活動休止」に入った党創設者の名だった。早口の大阪弁に「党の顔」を前面に押し立てられない焦りがにじむ。
結党から今春で7年。本会議場の壇上で主張を書いた紙を掲げるなど、永田町のルールにとらわれない独自の活動で党の成長を後押ししてきた。今回目指すのは前回獲得した9議席の倍増だが、創設者不在による戦力ダウンは否定できない。
党首討論会では「誠実に話すのが唯一の強み。満身創痍(そうい)でもそれをやっていく」と自分に言い聞かせるように語った。ただ、演説のつかみに悲壮感はない。「この暑苦しい声、聞いたことないですか。数日間、テレビに出まくってるんで」。
【時事通信社】
〔写真説明〕有権者と握手する、れいわ新選組の大石晃子共同代表(左)=1月27日、大阪市西淀川区
2026年02月03日 20時31分