
【ジャカルタ時事】インドネシアで、2008年に86歳で死去したスハルト元大統領の32年に及ぶ長期独裁を再評価する動きが出ている。政府は10日、同氏を「国家英雄」と認定。12月には公式の歴史書の改訂も予定し、スハルト政権下で起きた人権侵害が矮小(わいしょう)化されかねないとの懸念が出ている。
ジャカルタの大統領宮殿で10日に行われた授与式典で、プラボウォ大統領がスハルト氏の遺族に国家英雄の称号授与を伝達した。認定の理由は「コメの自給達成や人口の抑制、貧困削減」などの功績。ただ、背景にはプラボウォ氏がスハルト政権時代に軍幹部だったことや、スハルト氏の娘婿だったこともあるとささやかれる。
スハルト氏は1966年に実権を掌握し、98年まで政権を率いた。反体制派の弾圧や言論の自由の制限といった人権侵害が相次ぎ、100万人超が命を落としたとの説もあり、英雄認定には「人権侵害の被害者への侮辱だ」(人権団体)と反対する声が根強い。
一方、インドネシアの調査機関「ドローンエンプリット」は、SNS上ではスハルト氏の英雄認定への賛意が多かったとする調査結果を発表。同氏が「開発の父」と呼ばれ、高い経済成長を実現した点を肯定的に捉える声を紹介した。
同じく議論を呼んでいるのは、教科書などの基となる歴史書の改訂だ。歴史家など100人超が参加して12月の公表を目指しているが、草案ではスハルト政権下の人権侵害の記述が大幅に省略されていると報じられており、市民団体などが反発している。
改訂を所管するファドリ文化相は記者団にスハルト氏の人権侵害について問われ、「疑惑であり証明されたことはない」と主張した。「歴史をゆがめるつもりはない」とも語っているが、ブラウィジャヤ大のラフマット・クリヤントノ教授(政治学)は、スハルト氏が美化される可能性を指摘。「歴史書が不正確なら、国家が損失を被る」として、客観的な改訂を求めている。
【時事通信社】
〔写真説明〕インドネシアの故スハルト元大統領の「国家英雄」認定に抗議する人たち=10日、ジャカルタ(EPA時事)
2025年11月24日 08時53分