盛り土さえ…「人災」認め謝罪して=夫亡くした女性、募る恋しさ―熱海土石流5年



「人災」と認め謝罪してくれないことには、夫が浮かばれない―。2021年の土石流災害で亡くなった小川徹さん=当時(71)=の妻は「寂しくて、夫が今もいてくれたらと思うと。年を重ねるごとにつらい。盛り土さえなければ」と語る。

静岡県熱海市の伊豆山地区で、徹さんと2人暮らしだった。災害発生前日の7月2日、出身地の沖縄に帰省するため、徹さんに車で駅まで送ってもらったのが最後となった。知人から連絡をもらい発生翌日に戻ったが、家は押し流され跡形もなかった。近所の人から「目を離すと家はなかった。一瞬だった」と聞かされ、徹さんの姿を求めて避難所から毎日通った。

発生の15日後、遺体は自宅があった場所の土砂の中から見つかった。葬儀もできず、翌日に火葬された。40年以上住み慣れ、徹さんが何度も塗装するなどして大事にしてきた家は、何の相談もなく行政によって取り壊された。遺品と言える物は泥だらけのアルバムぐらいだった。

地元のガス会社を勤め上げ、町内会長も務めた徹さん。優しくリーダーシップがあり、皆に慕われた。「もっと一緒にいろんな所に行きたかった」「雨が降り続いていたのに、なぜ沖縄に帰ってしまったのか」と後悔や自責の念に駆られる。

崩落起点に届け出と異なる大規模な盛り土が造成されていたことは、災害が起きるまで住民の多くが知らされていなかったという。「行政は危険性を認識しながら業者の言うがままだったのではないか」。造成地の前・現所有者、県、市を相手取った訴訟の原告に名を連ねた。県が設置した第三者委員会は、行政の対応は失敗だったと結論付けたが、裁判で責任を認めないかたくなな姿勢に不信感を募らせる。

現在はマンションに独りで暮らし、徹さんがいた頃より人付き合いが減った。月命日は欠かさず自宅跡地に花を供えている。「遺族は5年たっても駄目。ずっと悲しい。悔しさを抱えて生きている」と言う。それでも「災害を知る人が減ると、どうしても風化してしまう。だから伝える必要はある」と、自分を奮い立たせている。

【時事通信社】 〔写真説明〕土石流災害で亡くなった小川徹さん(左)(妻提供)

2026年07月03日 14時32分


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